予定がないと、ちょっと落ち着かない。
空いた時間があると、何か入れたくなる。
スマホを見たり、動画を流したり、用事をひとつ片づけたり。
別に急いでやる必要もないのに、なんとなく空白を埋めてしまう。
でも最近、
その時間、別に埋めなくてもいいのでは。
と思うようになった。
言葉にすると簡単だけど、これが意外と難しい。
休んでいる間にも何か得ようとすると、休みまでタスクになってしまう。
たぶん、私が気になっているのはそのあたりだ。
何もしないって、意外と難しい
「今日は何もしないぞ」と思ってソファに座る。
数分後にはスマホを見ている。
飲み物を取りに行く。
気になっていたものを片づける。
急に洗濯物の存在を思い出す。
何もしないつもりだったのに、普通に何かしている。
そもそも、
スマホを見ない。
音楽を流さない。
本も読まない。
コーヒーも淹れない。
本当に何もしない時間って、かなり難しい。
暇になると、つい何かしら刺激を入れたくなる。
そして気づく。
何もしない時間を作ろうとしているのに、何もしないための予定を増やしている。
これではよく分からない。
そもそも「何もしない」って何?
完全に何もせずにいる必要はないのかもしれない。
空を眺める。
お風呂に入る。
窓の外を見る。
ぼーっとする。
それだって、厳密には何かしている。
でもたぶん、「何もしない」で欲しいのは、
何かを達成しようとしない時間
なんだと思う。
役に立たなくてもいい。
進まなくてもいい。
終わらせなくてもいい。
情報を集めなくてもいい。
何かを生み出さなくてもいい。
そういう時間。
「休んでいる間にも何か得たい」と思い始めると、休みまでタスクになる。
なので今のところ、私は「何もしない」を、
成果を求めない時間
くらいに考えている。
空いた時間を、埋めないでみる
試しに、ちょっとした隙間をそのままにしてみる。
数分の待ち時間。
お風呂。
寝る前。
少し早く準備が終わった時。
普段なら反射的にスマホを触るところで、触らない。
何か有意義なことをしようともしない。
ただ、そのままにする。
最初は普通に落ち着かない。
手持ち無沙汰になる。
「この時間で何かできるな」と思う。
でも、それをやらない。
しばらくすると、ただぼーっとして終わる。
それだけ。
すごい発見があるわけでもない。
頭が完全に空っぽになるわけでもない。
でも、何かを始めなかった時間が残る。
それはそれで悪くない。
何もしない時間に、意味を求めすぎない
ここでまた、
「これって何の意味があるんだろう」
と考え始める。
ぼーっとすると脳にいいのか。
創造性が上がるのか。
ストレスに効くのか。
もちろん、そういうことも気になる。
でも「何もしない時間」の価値を全部、効能で説明し始めると、また少し違う気がする。
何もしなかった。
それで終わった。
別に何も得られなかった。
でも、それで困ったかというと、特に困らない。
なら、それくらいでもいい。
“何もしない”を、あえてする
何もしないのが上手になったかというと、よく分からない。
気づけば普通にスマホを見ているし、空いた時間に用事を詰め込むこともある。
でも、
空いている時間を、全部は埋めなくてもいい。
とは、少し思えるようになった。
何かしなきゃ、と思った時に、
今日はしなくてもいいか。
で終わる時間があってもいい。
何もしないまま終わった。
それだけ。
たまには、それくらいで。